不育症と着床障害

  • HOME
  • 不育症と着床障害

掲載しております検査、治療は当院通院中の方が対象となります。

不育症とは、「妊娠はするが流産、死産を繰り返して生児を得られない状態」と定義されます。妊娠したことのある女性の38%が流産を経験し、3回以上連続する習慣流産は0.9%、不育症は4.2%です。

不育症の4大原因は抗リン脂質抗体、子宮奇形、夫婦染色体異常(9番逆位除く)、胎児染色体数的異常で、25%が原因不明です。このうち、抗リン脂質抗体症候群は唯一治療が確立しています。抗リン脂質抗体症候群は習慣流産よりも子宮内胎児死亡、早発型妊娠高血圧性腎症との関係が強く、不育症と異なり1回の子宮内胎児死亡でも測定が推奨されます。子宮内胎児発育遅延,胎児機能不全による羊水過少、胎盤早期剥離、血小板減少症などに抗リン脂質抗体陽性が疑われますので測定を考慮します。
全身性エリテマトーデスの30~40%に抗リン脂質抗体症候群がみられ、続発性抗リン脂質抗体症候群といわれます。全身性エリテマトーデスと混合性結合織病以外の自己免疫疾患には抗リン脂質抗体症候群は合併しません。

抗リン脂質抗体症候群の診断基準

臨床所見

1.動静脈血栓症

2.妊娠合併症

(a)妊娠10週以降の胎児奇形のない1回以上の子宮内胎児死亡
(b)妊娠高血圧腎症もしくは胎盤機能不全による1回以上の34週以前の早産
(c)妊娠10週未満の3回以上連続する原因不明習慣流産
(2回以上連続する反復流産の段階で抗リン脂質抗体を測定することを推奨)

検査基準

1.ループスアンチコアクラント

2.抗カルジオリピン抗体lgGあるいはlgM陽性

3.抗β2 glycoproteinⅠ抗体lgG、lgM

臨床症状が1項目以上存在し、検査項目が1項目以上存在するとき抗リン脂質抗体症候群とします。 いずれの検査も陽性の場合、12週間以上離れた別の機会で2回以上陽性を確認します。妊娠中は凝固因子が増加して凝固時間が短縮するため、非妊時、抗凝固療法を行っていない状態で測定します。流産、死産後は妊娠の影響がなくなるまで時間を空けて測定を行います。

抗リン脂質抗体症候群の治療
低用量アスピリンと未分画ヘパリンによる抗凝固療法により、70~80%の生児獲得率が期待できます。
津田沼IVFクリニックでは体外受精では胚移植前から、人工授精やタイミング治療では排卵日頃からアスピリン(81mgもしくは100mg/日)を開始し、妊娠が確認できた時点から未分画ヘパリン5000単位を1日2回皮下注射しています。

抗凝固療法の安全性
未分画ヘパリンも低分子ヘパリンも胎盤通過性がないため児の出血は問題ありませんが、アスピリンは胎盤を通過し、休薬後もその効果は7~10日間持続するため妊娠35週6日に中止します。アスピリンの添付文書には、動脈管早期閉鎖、子宮収縮抑制のリスクため妊娠28週以降の使用は禁忌とされていますが、海外の大規模研究では、胎児や新生児の死亡、子宮内胎児発育遅延、母体と新生児の出血のリスクはみられていません。
ヘパリンの副作用としては出血傾向、血小板減少、骨粗鬆症がありますが、ヘパリン惹起性血小板減少症が最も重篤な副作用です。

抗リン脂質抗体が流死産を起こすメカニズム
抗リン脂質抗体は血栓によってあらゆる臓器に臨床症状をもたらします。流死産についても、胎盤、子宮局所の血栓症および梗塞による血流障害という説が有力です。

凝固異常

1.プロテインS欠乏と産科異常

欧米では、プロテインS欠乏症は妊娠中後期の流死産・子宮内胎児死亡のリスク因子と考えられています。欧米での研究では妊娠22週以降の死産・胎児死亡リスクが7~20倍、後期流産リスクは3~40倍とされ、胎児死亡、妊娠高血圧症候群、胎盤早期剥離、胎児発育不全、早産といった産科異常との関連も指摘されています。

2.プロテインS低下例に対する治療

抗リン脂質抗体陽性などその他のリスク要因がなければ、低用量アスピリン治療を行います。子宮内胎児死亡や死産歴、抗リン脂質抗体陽性などその他のリスク要因があれば低用量アスピリン十未分画ヘパリン併用療法を行います。

3.凝固第XII因子と産科異常

心筋梗塞などの動脈血栓と第XII因子欠乏との関連が示されています。産科異常との関連では、妊娠初期の凝固第XII因子低下と34週未満の早産との関連が報告されています。

4.凝固第XII因子低下例に対する治療

抗リン脂質抗体陽性などその他のリスク要因がなければ、無治療で経過観察ないし低用量アスピリン治療を行い、妊娠中後期の産科異常の既往のある例に限って低用量アスピリン十未分画ヘパリン併用療法を行います。

生殖補助医療(着床不全)におけるヘパリン使用について
プロテインSや凝固第XII因子低下と反復着床不全の関連、ならびにこれら患者に対するヘパリン治療の有用性については、エビデンスがほとんどありません。

具体的治療法の選択と注意点



1.アスピリン

不育症抗凝固療法―低用量アスピリン・ヘパリン併用療法―

アスピリン:妊娠判定後から妊娠35週6日まで、バイアスピリン錠100mgを毎日内服します。
ヘパリン:妊娠判定後から分娩開始まで、ヘパ リンカルシウム5000単位を12時間毎に皮下注します。

抗リン脂質抗体症候群の診断基準を満たさない症例に対する治療法の実際

一度抗リン脂質抗体が陽性であっても約12週間後の再検査で陰性の場合、または2回目の検査と待たずして妊娠したケースは真の抗リン脂質抗体症候群とは診断されないものの、アスピリン単独投与群84.6%では無冶療50.0%と比較して生児獲得率が高いことが判明したという報告もあります。

アスピリン療法の実際

アスピリン療法の開始と終了時期に関する明確なエビデンスはありません。着床期内膜の血流を増加させることを目的に妊娠前や排卵時からアスピリンの服用を開始するケースがある一方、着床現象に対してアスピリンの抗炎症作用が負の作用を及ぼす可能性を示唆する報告もあります。津田沼IVFクリニックでは体外受精では胚移植前から、人工授精やタイミング療法では排卵日頃から治療を開始しています。妊娠悪阻などによって服用直後に嘔吐した場合も追加は不要で、24時間毎に服用してください。脱水は血栓症のリスクファクターですので積極的に点滴を行います。アスピリンの手術前休薬期間は7日から10日間ですが、仮に流産や異所性妊娠で緊急手術を要する場合でも、出血傾向が問題になることは通常ありません。 アスピリン療法は重篤な副作用もなく安価で、安全に長期間の服用が可能です。津田沼IVFクリニックでは正期産の妊娠37週から約1週間を逆算して妊娠35週6日で終了としています。 産科的抗リン脂質抗体症候群の不育症であっても,分娩後はアスピリンの服用を再開することはありません。

アスピリン療法の副作用と注意点

アスピリンの主な母体への副作用は出血傾向ですが、低用量の場合で問題になることはありません。胎児への影響として動脈管早期閉鎖や腹壁破裂の報告がありますが、因果関係は証明されていません。 切迫流産の不正性器出血時の抗凝固療法の中止・変更に関しても明らかな基準はありません。副作用である出血傾向が流産を進展させているのではないかという不安に駆られても治療を中止する必要はありません。基本的には減量、中止または増量することは必要ありません。 ただし、超音波断層法検査で絨毛膜下血腫のサイズが胎嚢より大きくなった場合に抗凝固療法の中止を検討します。

2.ヘパリン

抗リン脂質抗体症候群を合併する不育症に対して抗凝固療法を行う場合には、特にヘパリンの重篤な副作用である出血傾向、肝機能障害やヘパリン起因性血小板減少症に留意することが重要です。

不育症に対する低用量アスピリン・ヘパリン療法

抗リン脂質抗体症候群の診断基準を満たす患者での流産率は無治療の場合には90%であるとする報告があることと、抗リン脂質抗体症候群に該当する習慣流産患者に対する治療法では低用量アスピリンと未分画ヘパリンの併用療法のみで有効性が確立されています。

津田沼IVFクリニックにおける抗リン脂質抗体症候群不育症の治療法

不育症において、1日にバイアスピリン100mgの内服、およびヘパリンカルシウム5000単位を12時間毎に皮下注の標準的な抗凝固療法により成功率は70~80%です。 津田沼IVFクリニックでは血栓症や中期以降の死産歴をもつ症例と抗リン脂質抗体症候群(特にループスアンチコアグラント)と診断された症例を治療対象とし、抗リン脂質抗体症候群に準じた抗凝固療法を行っています。津田沼IVFクリニックでは胚移植日前からアスピリンを開始し、妊娠反応が陽性となったらすぐにヘパリン治療を開始します。 ヘパリンの自己皮下注射のトレーニングが必要ですが、事前あるいは開始当日に指導します。

妊娠中の注意事項

重症妊娠悪阻による脱水や、切迫流早産などで長期臥床を余儀なくされる場合には、下肢のストレッチ運動や弾性ストッキングの着用をしましょう。ヘパリン起因性血小板減少症の発症の可能性があるために、ヘパリン冶療開始約1週間後(その後は約2週間毎)に血小板数を測定します。また肝機能障害にも注意が必要です。 標準的な抗凝固療法ではアスピリンは抗血小板作用が中止後も約1週間程度継続することを考慮して、妊娠35週6日までに服用を終了します。ヘパリンは半減期が短いため陣痛発来時に中止します。予定帝王切開術の場合は前日夜まで使用します。緊急帝王切開術の場合でも硫酸プロタミンのようなヘパリン桔抗薬を要することは通常ありません。 ヘパリンの再開時期に関しては分娩後6~12時間後が通常です。

ヘパリン起因性血小板減少症のモニタリング

未分画ヘパリン療法の約0.5~5%に副作用として出現するヘパリン起因性血小板減少症は血小板第4因子・ヘパリン複合体抗体による免疫学的破綻状態です。使用開始後4~14日後に発症することが多いようです。 ヘパリン使用開始後は1週間毎に血小板を測定します。4T’sスコアという表で、4点以上でヘパリン起因性血小板減少症を疑い、6点以上でヘパリンの使用を中止します。抗ヘパリン起因性血小板減少症抗体の検索や抗トロンビン剤や血小板傷害性の少ないダナパロイドナトリウム(オルガラン)の使用を検討します。

3.ステロイド

不育症において、抗リン脂質抗体症候群の存存がそのリスクを増加させることが広く知られています。副腎皮質ステロイドホルモン剤(ステロイド)は主に、全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群などの膠原病合併妊娠に使用されますが、抗リン脂質抗体陽性不育症に抗凝固療法と併用されることがあります。 ステロイドの薬理作用には免疫抑制作用と抗炎症作用があります。プレドニゾロンが広く使用されています。ステロイドの生理的分泌の日内変動は早朝にピークが認められるため、朝食後に内服します。また甲状腺機能充進状態はステロイド代謝を亢進させるため,服用量が増加することがあります。

ステロイドの副作用

妊娠における注意すべき副作用としましては、高血圧と耐糖能異常・糖尿病があり妊婦健診における注意深い観察が必要です。1日プレドニゾロン20mg以上使用のケースでは感染症の発生率が約2倍になると報告されています。 非ステロイド系抗炎症薬(鎮痛剤など)を併用することで、消化性潰瘍(胃潰瘍、十二指腸潰瘍など)の発現率が上昇します。悪心・嘔吐や上腹部・季肋部症状がある場合には、ステロイドの副作用を考え胃粘膜保護薬や抗潰瘍薬を使用します。 不育症に使用するプレドニソロンは胎盤通過性が小さく、胎児への副作用は比較的少ないとされています。

ステロイドの離脱症状

産後や流産後のステロイド療法の終了・中止時における離脱症候群の予防を念頭においた慎重な漸減が重要です。1週間毎に約4週間かけて半量ずつ(例えば、プレドニゾロン20mg-10mg-5mg-2.5mg-終了)漸減します。 離脱症状には発熱・関節痛などの炎症症状や、嘔吐・季肋部痛などの消化器症状があります。

ステロイド治療法

血栓症や中期以降の死産歴をもつ症例と抗リン脂質抗体症候群(特にループスアンチコアグラント)と診断された不育症を治療対象とし、抗リン脂質抗体症候群に準じた低用量アスピリンやヘパリン療法などの抗凝固療法を行います。 ステロイド(プレドニゾロン1日20mg、適宜調整)は不育症治療において単独療法の効果はエビデンスに乏しいため、抗血栓対策法の位置付けではなく非妊娠時より全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群などの自己免疫疾患の治療を受けている症例や抗リン脂質抗体が高値で標準的治療に抵抗性を示した既往のある症例や血小板減少などの病態が進行する症例に対して施行します。 ステロイド療法によって抗リン脂質抗体や疾患特異的な自己抗体は変化せず、抗体価の推移は治療効果の判定に意義はありませんので定期的な測定は行いません。 ステロイドの免疫抑制効果ではなく抗炎症作用が治療効果に関連している可能性があります。

4.大量免疫グロブリン

難治性習慣流産に対する妊娠初期大量免疫グロブリン療法

4回以上の自然流産歴を有する原因不明の習慣流産(難治性習慣流産)を対象に、妊娠初期の大量免疫グロブリン療法(1日20gを5日間、計100g)を実施した報告があります。 胎嚢確認後、妊娠5~6週に大量免疫グロブリン療法を行った結果、大量免疫グロブリン療法の素有効率は72.5%(50/69)で、胎児染色体異常が確認された13人を除いた有効率は90.1%(50/55)にのぼった。4回以上の流産既往を有する習慣流産女性の素の生児獲得率は51.9%(98/189)で、胎児染色体異常を除く生児獲得率は57.0%(98/172)とされる。したがって、妊娠初期大量免疫グロブリン療法による生児獲得率は90.1%であるため、難治性習慣流産に対して有効である可能性がある。

治療抵抗性の抗リン脂質抗体症候群に対する大量免疫グロブリン療法

抗リン脂質抗体症候群の不育症では、低用量アスピリン+ヘパリン治療によって70~80%が生児を得られます。しかし、残りは低用量アスピリン+ヘパリン治療でも流死産に至る治療抵抗性の抗リン脂質抗体症候群であり、これに対して大量免疫グロブリン療法併用が有効であった報告が散見されます。 低用量アスピリン+ヘパリン治療抵抗性の抗リン脂質抗体症候群不育症を対象に、大量免疫グロブリン療法(1日20gを5日問、計100g)の治療を行った。低用量アスピリン+ヘパリン治療を継続しながら、妊娠5週以降に大量免疫グロブリン療法を実施した。症例ごと既往の流死産時期を考慮して大量免疫グロブリン療法の投与時期を決めた。 これまで、年齢31~37歳の7人に対して、低用量アスピリン+ヘパリン治療に加えて妊娠5~15週に大量免疫グロブリン療法を行った。結果、4人が生児を得、うち2人は初めての生児(29、31週)で、他の1人は前回より3週間延長し36週で、残り1人は26週での分娩となった。他の3人中2人が初期流産、1人が17週子宮内胎児死亡の帰結であった。大量免疫グロブリン療法は低用量アスピリン+ヘパリン治療抵抗性の抗リン脂質抗体症候群不育症に有用な治療法である可能性がある。

5.イントラリピッド

(※当クリニックでは行っていません)

不育症の約60%はリスク因子不明の原因不明不育症と診断されます。原因不明不育症に対するアスピリン療法やヘパリン療法の有効性は否定的です。妊娠成立時から妊娠第1三半期に子宮内に最も多く存在する免疫担当細胞はNK細胞であり、NK細胞が妊娠の成立・維持に重要な役割を果たしていることは間違いないと考えられます。 NK細胞異常を有する不育症、着床不全に対する治療法としてイントラリピッド療法も行われるようになってきました。イントラリピッドは大豆油ですが、Th1細胞を抑制するという免疫調節効果の可能性が指摘されています。 末梢血NK細胞活性高値例(≧40%)や、NK細胞分布の異常例では、イントラリピッド使用により末梢血NK細胞は有意に低下します。使用方法は点滴で、6時間くらいかかります。 不育症では妊娠成立後速やかに、着床不全では胚移植時あるいはその直前にNK細胞活性を測定し高値であることを確認した後に使用します。またその後はNK細胞活性を1~2週毎に測定しながら2~4週毎にNK細胞活性が正常値になるまで、あるいは妊娠22週まで使用します。また月経周期の3日目に使用を開始し、2週間毎に妊娠12週まで投与を行うという報告や、採卵時に使用し妊娠第1三半期に2週間毎に使用するという報告もあります。

治療成績

NK細胞活性が高値である不育症に対して、イントラリピッドを使用することで有意にNK細胞活性は低下します。使用1週間後の採血からNK細胞活性が低下する傾向は認められるものの、有意に低下するまでには3週間ほどを要したとの報告があります。使用を継続することによりNK細胞活性は低値で維持できることが多いと考えられます。 また、NK細胞異常を有する不育症に対してイントラリピッドを使用した場合の絨毛染色体異常となった例を除いた妊娠継統率は88.8%であり、同様の適応で免疫グロブリン療法を施行した場合の妊娠継続率(84.2%)と同等の成績であったと報告されています。さらに体外受精・胚移植を施行しているNK細胞活性が高値である不育症にイントラリピッドを使用すると、使用しなかった場合に比して、着床率や臨床的妊娠率、流産率には差を認めなかったものの妊娠継統率や生産率が有意に高値であると報告されており、イントラリピッドは現時点ではリスク因子不明不育症に分類されているNK細胞異常を有する不育症に有効であると考えられます。 NK細胞異常を有しており、さらに3回以上の良好胚移植によっても妊娠が成立しなかった着床不全に対するイントラリピッド使用により42.8%で着床が成立しました。これらの結果から、イントラリピッド療法はNK細胞異常を有する場合の選択肢として普及が期待されます。

6.柴苓湯

柴苓湯は副腎皮質ステロイドホルモン類似の作用を有するため、不育症の発症要因としての自己免疫異常、特に抗リン脂質抗体と関連して、不育症に対する治療薬として応用されています。

抗リン脂質抗体陽性不育症に対する柴苓湯を中心とした治療

初期流産を反復している症例では、妊娠前から治療を開始します。妊娠前から柴苓湯を用い、基礎体温の高温相2~3日目から低用量アスピリンを用います。妊娠中期・後期に異常妊娠が発症する症例(既往死産例、重症妊娠高血圧症候群合併例など)では、妊娠成立後に治療を開始します。 一方、自己免疫異常の程度も考慮し、抗カルジオリピンβ2グリコプロテインI抗体陽性例、抗カルジオリピン抗体強陽性例などでは妊娠前からの柴苓湯の使用、妊娠成立後にステロイドの併用も行います。各薬剤の服用の期間については、柴苓湯は分娩まで継続します。低用量アスピリンについては、妊娠35週6日まで使用します。ステロイドを使用する場合には、原則として30~40mg/日で開始し、漸減しつつ5~10mg/日で維持し分娩まで継続します。 抗リン脂質抗体陽性不育症例に対する上記の治療により、流産・死産などを防ぐ効果は十分に得られます。また低用量アスピリンを使用することにより妊娠中の血栓予防も図られていますが、分娩周辺期の血栓予防について、妊娠36週以降にヘパリンを使用する症例もあります。 妊娠初期流産反復症例、妊娠後期に重症妊娠高血圧症候群、子宮内胎児死亡、胎児発育制限などを発症した症例それぞれで良好な成績となっています。対象症例の多くは重症妊娠高血圧症候群を合併し、結果として1000g未満の児を分娩(多くは死亡)した症例であり、常位胎盤早期剥離、HELLP症候群、子瘤発作などを合併した症例も多い。これらの症例に次回妊娠において、柴苓湯、低用量アスピリン、一部ステロイドも併用し、10ヵ月以降の分娩に至るという結果が得られています。一方、初期流産反復例については、85%程度の妊娠継統率を得ています。

7.夫リンパ球移植療法

(※当クリニックでは行っていません)

習慣流産に対する夫リンパ球移植療法の適応

  1. 3回以上の初期流産を反復していること(原発性および続発性習慣流産)
  2. 他のリスク因子検索で不明であること
  3. 遮断抗体活性が陰性であること
  4. 夫の感染症検査が陰性であること

夫から採取されたヘパリン加末梢血約100mLのリンパ球層を遠心・分離し溶血操作を施行、約1mLの生理食塩水に浮遊させ、患者皮内に接種します。移植片対宿主反応予防のためX線照射を行い、原則としてリンパ球接種を約1ヵ月間隔で2回行います。リンパ球接種施行後、患者から定期的に採血・保存された血清を用い、遮断抗体活性を測定、陽性となった後に妊娠が許可されます。多くの症例で2回のリンパ球接種により遮断抗体が発現しますが、しない場合には追加の接種を行い、遮断抗体活性の発現後妊娠が許可されます。3回のリンパ球接種により遮断抗体活性の発現がほぼ全例に認められることから、3回のリンパ球接種を行い妊娠が許可されることがあります。 40歳以上については効果が認めにくいため、40歳未満の患者を対象となります。

夫リンパ球移植療法の成績

夫リンパ球移植療法を施行し、その後妊娠が成立している症例140例中110症例(78.6%)において妊娠の継続を認め、分娩に至ったとする報告があります。一方、夫リンパ球移植療法の適応を満たしながら施行せず次回妊娠に至った症例18症例20妊娠中、妊娠継続が認められた症例は6例(30.0%)であり、夫リンパ球移植療法施行例において有意に良好な妊娠継統率となったとしています。また、遮断抗体活性が陽性であり免疫療法を行わず次回妊娠経過を追跡した32症例では24症例(75.0%)で妊娠の継続を認め、夫リンパ球移植療法施行群と有意の差は認められなかった。 以上より、原因不明習慣流産に対する夫リンパ球移植療法は対象症例を選択することにより、有効な治療法である可能性があります。

8.タクロリムス

受精卵を攻撃してしまう免疫学的拒絶(免疫寛容の低下)が原因と考えられる不育症や着床不全の場合、免疫抑制剤タクロリムスの使用により生児を獲得できることがあります。

タクロリムスについて

1.タクロリムスの使用方法

非妊娠時のTh1/Th2が10.3より高値の場合に使用します。 (Th1;1型ヘルパーT細胞、Th2;2型ヘルパーT細胞) ① 10.3 ≦ Th1/Th2 <13.0 ; タクロリムス 1mg ② 13.0 ≦ Th1/Th2 <15.8 ; タクロリムス 2mg ③ 15.8 ≦ Th1/Th2     ; タクロリムス 3mg

2.開始時期
  1. 不育症:妊娠成立(妊娠判定陽性)してから使用します。
  2. 着床不全:胚移植日から使用します。
3.使用期間

原則として妊娠36週まで使用します。妊娠経過により変わります。   産院で処方されない場合は、当クリニックで処方致します。

4.その他

  1. タクロリムスを使用しても流産となることがあります。その多くは染色体異常とされています。
  2. タクロリムスの使用と感染症の増加とはほとんど関係がありませんが、念のために前期破水や早産、帝王切開などの際には、服用を中止してください。また妊娠中や分娩は普通です。
  3. タクロリムスはヘルパーT細胞からのサイトカイン産生を阻害する作用のため、Th1やTh2の 値を減少させるものではありません。また妊娠中のタクロリムスの血中濃度に変化はありませ ん。このため妊娠経過中のTh1/Th2の再評価や、タクロリムスの増量・減量は原則行いません。
  4. タクロリムスの添付文書の効能・効果に不育症・着床障害はございません。妊婦へは有益性投与となっています。

Th1/Th2 検査について

  1. 血液検査です。食事による影響はありません。
  2. 月~木曜日の午前9時から午後5時に検査できます。ただし祝日の前日はお受けできません。
  3. 結果には約3週間を要します。

9.ビタミンD

ビタミンDはTh1を減少させ、Th2を増加させるとされます。つまり、Th1/Th2を減少させます。 ビタミンDが低下(<30ng/ml)、または欠乏(<20ng/ml)の場合は、活性型ビタミンD製剤 を内服します。

ビタミンD検査は血液検査で、いつでもできます。食事による影響はありません。 結果には約2週間を要します。

10.抗TNF-α抗体

(※当クリニックでは行っていません)

炎症性サイトカインであるTNF-αは、炎症、感染防御、抗腫瘍効果を有する。Th1/Th2比高値例において抗TNF-α抗体製剤療法の有効性が報告されてきています。 日本では、インフリキシマブ(レミケード)、アダリムマブ(ヒュミラ)、ゴリムマブ(シンポニー)、セルトリズマブペゴル(シムジア)、エタネルセブト(エンブレル)の5剤が使用可能です。