2023/02/08
着床前胚染色体異数体検査における胚診断指針 一部
hai_shindan_shishin.pdf (jsog.or.jp)
着床前胚染色体異数性検査(preimplantation genetic testing for aneuploidy; PGT-A)
「胚を移植するかしないか、正しく決定できますか?」 津田沼IVFクリニック | tsudanuma-ivf-clinicのブログ (ameblo.jp)
1.データの見方
PGT-Aは胚(受精卵)の異数性の有無を明らかにする目的で行われます。
正倍数性すなわち2コピーの値と比較することにより、3コピー(トリソミー)以上や1コピー(モノソミー)以下と判定された染色体や染色体領域があれば異数性と定義します。
2.判定基準
判定A:すべての常染色体が正倍数性である胚
判定B:すべての常染色体が正倍数性であるとも異数性であるとも言えない胚(多くは常染色体の異数性あるいは構造異常を有する細胞と常染色体が正倍数性細胞とのモザイクである胚を指しますが、アーチファクトと区別できない場合も含まれます)
判定C:常染色体の異数性もしくは構造異常を有する胚
判定D:解析結果の判定が不能な胚
これらは、あくまで、移植の可否を考えるにあたり参考にするための判定であり、実際に胚を移植するかしないかに関しては、担当医師との話し合いの中で、カップルが自律的に意思決定します。
3.常染色体異数性
C判定とされる非モザイク型の常染色体異数体(トリソミーやモノソミー)は、妊娠の不成立や流産の可能性が高いです。
一部の常染色体トリソミー(13番、18番、21番)に関しては、妊娠が成立・継続し、出産まで生存する可能性があります。
4.常染色体構造異常
C判定とされるコピー数の異常を伴う非モザイク型の常染色体構造異常(部分トリソミ ー、部分モノソミー)は、妊娠の不成立や流産の可能性が高いです。
C判定とされるものの、一部のコピー数の異常を伴う非モザイク型の常染色体構造異常は妊娠が成立・継続し、出産まで生存する可能性があるため、遺伝カウンセリングにおいて、その表現型を説明することが求められます。
同じカップルの胚から共通した領域の構造異常が繰り返し認められる場合(正常多型を除く)は、カップルのいずれかに均衡型構造異常(転座、逆位)が存在する場合が多いです。とくに末端部の部分トリソミーと部分モノソミーとが共存する場合は、可能性が高いです。その場合は、カップルのG分染法による染色体検査を行うことが望ましいです。カップルのいずれかに均衡型構造異常(転座、逆位)が検出された場合は、血縁者への影響もあり、遺伝カウンセリングの対象となります。
5.性染色体
性染色体に異常がない場合には性染色体に関する情報の開示は行わないこととします。性染色体の異数性や構造異常が認められる場合においても、常染色体に異数性がみとめられなければA判定として報告されます。ただし、そのような胚では、全ての染色体に異常を認めない胚に比べ妊娠の不成立や流産の可能性が高い場合や出産に至った場合表現型を伴う可能性があります。その際、カップルには遺伝カウンセリングとして性染色体の結果の解釈と予想される表現型を説明する必要が求められます。その情報提供の過程において性染色体異常の結果データ開示は、遺伝カウンセリング上必要と判断されるが場合にのみ開示が許容されます。
6.モザイク
胚盤胞から5細胞を生検した場合に、そのうち1個の細胞にだけ染色体異数性があれば、20%の異数性モザイクとされるため、異数性モザイクは理論的には20%から80%の間に収まります。そのため、染色体コピー数変化がトリソミーやモノソミーとされる変化の概ね20%未満のものは報告しません。部分トリソミーや部分モノソミー等の構造異常に起因する異数体に関しても同じ扱いとします。
B判定の多くは、このような正倍数性細胞と異数性細胞が混在しているモザイク胚です。モザイク胚は、移植あたりの妊娠率が低く、流産率が高いとされていますが、生児が得られる場合もあります。しかしながら、モザイクと判定された胚の中にも低頻度モザイクから高頻度モザイクまでモザイク率は様々であり、モザイク変化が単一染色体のみに認められるものから、複数の染色体に認められるものまで多様であることから、それらの胚の移植後の予後予測は容易ではありません。カップルに対してそのような情報提供を行った上で、移植を実施するかどうか、カップルが自律的に意思決定します。モザイク胚を移植すると、妊娠の不成立、流産の可能性もありますが、妊娠が継続した場合、混在した異数体細胞は淘汰によりその割合が生検時よりも減少しています。結果として染色体異常がなく出生することが十分に期待できますが、モザイク型染色体異常を持った状態で出生し、モザイク頻度によっては表現型を伴う可能性もありうることを必ず伝えておく必要があります。胎盤だけに異数性細胞が残る場合もあります。
胚診断の指針 Q&A
- PGT-A の結果は正しく胚の状態を反映しているのでしょうか?
PGT-Aで診断する異数性は、主に精子や卵子を産生する減数分裂由来、すなわち受精した1細胞の受精卵由来の染色体異数性であり、その多くは女性の加齢依存性に頻度が増える異数性です。一方で、減数分裂由来の異数性に比べると頻度は低いですが、初期胚の体細胞分裂で発生する異数性があり、正倍数性細胞と異数性細胞のモザイクとして存在し、加齢非依存性とされています。
胚盤胞生検においては栄養外胚葉細胞を採取しますが、栄養外胚葉細胞は主に胎盤に分化する細胞であり、胎児に分化する内細胞塊とは異なる細胞系列です。PGT-Aにおいては生検で採取した栄養外胚葉細胞の染色体データで、生検せずに残っている胎児側の染色体のデータを予測しています。減数分裂由来の異数性に関しては、栄養外胚葉細胞と内細胞塊とで一致するはずであり、PGT-Aで100%に近い診断精度があると予想されます。一方で、体細胞分裂由来の異数性の場合は、モザイク頻度が栄養外胚葉細胞と内細胞塊とで異なる場合があります。モザイク異数性においては胎児になる内細胞塊では異数性細胞が淘汰されやすく、栄養外胚葉細胞は淘汰を受けにくいので、生検細胞で見られたモザイク異数性が胎児側では見られないことはよく起こります。まれに逆の場合もあります。
2. PGT-A におけるモザイク胚の検査精度はどの程度ですか?
PGT-Aにおいて胚盤胞生検をおこなう5日胚が約100細胞からなり、そこからランダムに5細胞を採取して診断すると仮定してください。仮にモザイク率50%の場合であっても、5細胞生検では計算上3%の確率で見落とすことになります。モザイク率20%の場合は33%で見落とします。採取する栄養外胚葉細胞の位置によってモザイク率のデータが異なることもよく見られます。そういう意味では、診断精度がさほど高くない不確実なデータから胚全体のモザイク率を推測せざるを得ないものであると考えておく必要があります。
参考資料 PGT-Aによる誤診断の可能性
- 生検ではICMからではなくTEの細胞を5-10個生検する。
- ICM(内細胞塊)とTE(栄養外胚葉)の細胞は異なる可能性がある。
⇩
PGTで誤診断(偽陽性、 偽陰性)の可能性
Chuang et al., Mol Hum Reprod. 2018;24:593-601.
3. モザイク異数性の移植で健常児を得たという報告が数多く見られます。積極的に行うよう遺伝カウンセリングしても良いのでしょうか?
異数性細胞は、正倍数性細胞と比較して生存に不利であることが多く、胎児発生の過程で細胞レベルで淘汰を受けます。モザイク率が高いと、淘汰による正常化が間に合わず、異数性胚と同様に妊娠の不成立や流産となる場合もあるでしょう。ただ、妊娠が継続した場合、混在した異数性細胞は淘汰によりさらにその割合は減少しますので、最終的には、染色体正常児として出生することが十分に期待できます。また、モザイク型染色体異常を持った状態で出生し、健常児として生まれる場合もありますが、モザイク率によっては表現型を伴う可能性もありえます。そういう意味では、モザイク胚の移植を考えるにあたりモザイク率は最も有用な予測因子だといえます。
しかしながら、そもそも遺伝カウンセリングというは中立的な立場で非指示的な情報提供を行い、カップルが自律的に意思決定する過程に寄り添う医療行為です。担当医師の価値観に誘導することがないよう、細心の注意を払う必要があります。
4. 低頻度異数性モザイクをもって生まれた子が染色体の病気にならないのでしょうか?
確かに先天異常の表現型を呈した染色体異常モザイクを有する児の症例報告はありますので、可能性はゼロではありません。ただし、症例報告された染色体異常は、先天異常の表現型を呈したから染色体検査を行ったというバイアスがかかったデータであることも知っておく必要があります。全く健康な人に別の目的で染色体検査をしたら染色体異数性モザイクが見つかったという事例もあります。20%以下の異数性モザイクは表現型に影響しないともいわれています。ただ、楽観的なことだけではなく、理論的にはなんらかの表現型がおこりうることを必ずお伝えしておく必要があります。
5. 染色体の番号によって胚移植の優先度に違いはありますか?
多くの常染色体異数性は妊娠の不成立、もしくは流産に至ります。生まれてくる可能性のある 13 番、18 番、21 番のトリソミーに関しても、実際にはその大半が妊娠中に胎児死亡となります。そのような胎児としての淘汰を乗り越えた胎児は出生することができます。ただ、共通して知的障害や運動機能障害を持つ児が多く、また、先天性心疾患を伴うことが多いです。これらの児が生まれたときの症状についてはお伝えしておく必要があります。トリソミーモザイクで症状がある場合は、その軽症型の表現型が起こりえると考えられます。
6. 異数体を示す染色体の本数の影響はどうでしょうか?
複数の染色体が異数性モザイクとなっている場合は、1本だけが異数性となっている場合と比較して、正倍数性の細胞が少ない可能性が高く、妊娠の不成立や流産に至る可能性が高いと考えられます。移植の優先度は低くなります。
7. 胎盤限局性モザイクとは何ですか?
モザイク胚の場合、淘汰により異数性細胞が正常化しますが、胎児になる組織においては必要な遺伝子の種類が多く、そのため異数性細胞が淘汰されやすいです。一方で、胎盤組織においては細胞は淘汰を受けにくいため、妊娠経過の中で胎盤だけに異数性細胞が残る場合があり、胎盤限局性モザイクといいます。染色体の種類によっては2、7、16番は胎児発育遅延を生じやすいといわれており、移植においては注意が必要です。
以下省略
コメント
「胚を移植するかしないかに関しては、カップルが自律的に意思決定します。」とのことですが、本当に可能なのでしょうか?