2022/10/11
妊娠高血圧腎症とアスピリン
「妊娠高血圧腎症とアスピリン」 津田沼IVFクリニック | tsudanuma-ivf-clinicのブログ (ameblo.jp)
妊娠高血圧症候群とは?
妊娠高血圧症候群|公益社団法人 日本産科婦人科学会 (jsog.or.jp)
妊娠時に高血圧を発症した場合、妊娠高血圧症候群といいます。妊娠前から高血圧を認める場合、もしくは妊娠20週までに高血圧を認める場合を高血圧合併妊娠と呼びます。妊娠20週以降に高血圧のみ発症する場合は妊娠高血圧症、高血圧と蛋白尿を認める場合は妊娠高血圧腎症と分類されます。2018年からは蛋白尿を認めなくても肝機能障害、腎機能障害、神経障害、血液凝固障害や赤ちゃんの発育が不良になれば、妊娠高血圧腎症に分類されるようになりました。収縮期血圧が140mmHg以上(重症では160 mmHg以上)、あるいは拡張期血圧が90mmHg以上(重症では110 mmHg以上)になった場合、高血圧が発症したといいます。尿中に蛋白が1日当たり0.3g以上出ること(重症では2g以上)を蛋白尿を認めたといいます。
この病気は、妊婦さん約20人に1人の割合で起こります。早発型と呼ばれる妊娠34週未満で発症した場合、重症化しやすく注意が必要です。重症になるとお母さんには血圧上昇、蛋白尿に加えてけいれん発作(子癇)、脳出血、肝臓や腎臓の機能障害、肝機能障害に溶血と血小板減少を伴うHELLP症候群などを引き起こすことがあります。また赤ちゃんの発育が悪くなったり(胎児発育不全)、胎盤が子宮の壁からはがれて赤ちゃんに酸素が届かなくなり(常位胎盤早期剥離)、赤ちゃんの状態が悪くなり(胎児機能不全)、場合によっては赤ちゃんが亡くなってしまう(胎児死亡)ことがあるなど、妊娠高血圧症候群ではお母さんと赤ちゃん共に大変危険な状態となることがあります。
早期妊娠高血圧腎症リスクの高い妊娠女性におけるアスピリンとプラセボとの比較
Aspirin versus Placebo in Pregnancies at High Risk for Preterm Preeclampsia | NEJM
早期妊娠高血圧腎症は、アスピリン群で1.6%、プラセボ群で4.3%に発生し、0.38倍に低下しました。
アスピリンによる早期・正期妊娠高血圧腎症の予防について
Aspirin for the prevention of preterm and term preeclampsia: systematic review and metaanalysis (ajog.org)
アスピリン投与は早期妊娠高血圧腎症のリスク低減と関連しましたが(0.62倍)、正期妊娠高血圧腎症に対する有意な効果は認められませんでした(0.92倍)。
早期妊娠高血圧腎症の減少は、アスピリンの投与開始時期が妊娠16週未満で、1日量が100mg以上のサブグループに限られていました(0.33倍)。
アスピリンは早期妊娠高血圧腎症のリスクを減少させますが、正期妊娠高血圧腎症のリスクは減少させません。また妊娠16週以下で1日量100 mg以上で開始した場合にのみ減少させます。
妊娠中のアスピリン使用と出血性合併症のリスク
Aspirin use during pregnancy and the risk of bleeding complications: a Swedish population-based cohort study – American Journal of Obstetrics & Gynecology (ajog.org)
アスピリンを服用しない女性と比較して、アスピリン使用は分娩前期の出血性合併症と関連しませんでした(1.22倍)。
アスピリン使用者は、分娩時出血(1.63倍)、分娩後出血(1.23倍)および分娩後血腫(2.21倍)をより多く発生させました。新生児頭蓋内出血のリスクも増加しました(9.66倍)。
アスピリン使用者の出血の発生率は、経腟分娩の患者では高値でしたが、帝王切開分娩の患者ではそうではありませんでした。
「アスピリンが出血の原因なら、帝王切開でも多いはず・・・」
日本産婦人科・新生児血液学会
妊娠中のアスピリン服薬と出血合併症リスク(Am J Obstet Gynecol. 2021) (jsognh.jp)
改変
妊娠11~14週に妊娠高血圧腎症のリスクが高い単胎妊娠の女性を抽出し、アスピリン服薬群798人、プラセボ群822人に無作為に割り付けた。アスピリン投与群では、妊娠36週まで、150mg/日の投薬を行ったところ、妊娠高血圧腎症の発症は、アスピリン服薬群で13人(1.6%)、プラセボ群では35人(4.3%)に認められ、妊娠高血圧腎症の高リスク女性に対する低用量アスピリン投薬により、プラセボよりも発症率を62%減少させた。
この結果を受け、2018年に、米国産科婦人科学会では、妊娠高血圧症候群発症の高リスク因子(妊娠高血圧腎症既往、多胎、高血圧、糖尿病、腎疾患、自己免疫疾患)をひとつ以上有する場合、低用量アスピリンの服薬を妊娠12~28週(最適は妊娠16週以内)から分娩まで81mg/日を推奨し、中リスク因子(妊娠高血圧腎症の家族歴、BMI≧30、胎児発育不全の分娩歴、人種と低所得教育層、10年以上の間隔が空いた妊娠)をひとつ以上有する場合は服薬を考慮するとした。
世界保健機関、国際妊娠高血圧学会、英国国立保健医療研究所のガイ ドラインでも開始時期、用量が多少異なるが、妊娠初期からの服薬を推奨している。
日本では、妊娠中の低用量アスピリン服薬は、出産予定日12週以内(妊娠28週以降)は禁忌とされており、また、妊娠高血圧腎症予防に対して保険適用がないため、適用外使用として、患者に同意を得て投薬することとなっている。投薬期間に関しては、患者に同意を得た上で、36 週までの投与が望ましいと考える。
スウェーデンの研究では、妊娠中にアスピリンを服薬していた女性では、早産や分娩誘発の割合が高く、帝王切開分娩になる割合が高かった。分娩前の出血性合併症と関連しなかったが、分娩時出血(1.63倍)、分娩後出血(1.23倍)、分娩後血腫(2.21倍)、新生児頭蓋内出血(9.66倍)と関連していた。
帝王切開分娩では、アスピリン服薬と分娩時出血、分娩後血腫および新生児頭蓋内出血との間に関連は認められなかった。経腟分娩した女性においてのみ、出血リスクの上昇に関連する理由について、本論文では不明とされている。
妊娠中にアスピリンの服薬を推奨する場合、 これらのリスクと潜在的なベネフィットを比較検討する必要がある。
アスピリンの添付文書
出産予定日12週以内の妊婦
投与しないこと。妊娠期間の延長、動脈管の早期閉鎖、子宮収縮の抑制、分娩時出血の増加につながるおそれがある。海外での大規模な疫学調査では、妊娠中のアスピリン服用と先天異常児出産の因果関係は否定的であるが、長期連用した場合は、母体の貧血、産前産後の出血、分娩時間の延長、難産、死産、新生児の体重減少・死亡などの危険が高くなるおそれを否定できないとの報告がある。また、ヒトで妊娠末期に投与された患者及びその新生児に出血異常があらわれたとの報告がある。さらに、妊娠末期のラットに投与した実験で、弱い胎児の動脈管収縮が報告されている。
妊婦(ただし、出産予定日12週以内の妊婦は除く)又は妊娠している可能性のある女性
治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること。シクロオキシゲナーゼ阻害剤(経口剤、坐剤)を妊婦に使用し、胎児の腎機能障害及び尿量減少、それに伴う羊水過少症が起きたとの報告がある。動物実験(ラット)で催奇形性作用があらわれたとの報告がある。妊娠期間の延長、過期産につながるおそれがある。
妊娠高血圧症候群のリスクって下げられるの?
そもそも妊娠高血圧症候群の原因は?
受精卵が着床する時には、子宮内膜に絨毛(胎盤の元)が侵入していきます。この侵入が十分でないと、胎盤の形成が悪くなります。この妊娠初期の胎盤形成不全が妊娠中期以降の胎盤機能低下につながり、妊娠高血圧症候群の原因とされています。
アスピリンを使いましょう。
抗リン脂質抗体が陰性でも:妊娠が判明したらすぐ、アスピリンを開始しましょう。妊娠前から服用する必要はありません。
アスピリンは妊娠高血圧症候群以外にも、早産や子癇のリスクを低下させます。
医薬品の胎児、新生児への影響
産婦人科診療ガイドライン産科編2020より(一部改変)
次の医薬品は、妊娠中でも使用することがあります。
胎児への有害作用の恐れはありますが、妊婦自身の健康維持のために必須である医薬品で、代替医薬品が存在しないものです。
アスピリン(妊娠28 週以降、低用量)
・妊娠36 週までの抗リン脂質抗体症候群
・低用量(80mg/日程度)であれば母児の出血のリスクは低いですが、分娩の1~2週間前の中止が望ましいとされています。
・慢性高血圧合併妊娠では妊娠高血圧腎症の予防のために、妊娠12週以降分娩までの低用量アスピリンの使用(81mg/日)が推奨され、母児への利益が胎児への有害作用の可能性を上回る状況と言えます。
まとめ
受精卵の子宮内膜への着床が十分でないと胎盤形成が悪くなり、妊娠中期以降の胎盤機能低下、妊娠高血圧症候群の原因とされています。
アスピリンはこの胎盤形成を促し、妊娠16週未満までの使用開始で早期妊娠高血圧腎症のリスクを低減させます。
アスピリン使用での経腟分娩では分娩時出血、分娩後出血・血腫、新生児頭蓋内出血のリスクが増加するとされています。なぜか帝王切開分娩ではそうではありません。
妊娠高血圧症候群のリスクが高い方は少なくても胎盤形成の妊娠16週まで、抗リン脂質抗体症候群では35週まで使用しましょう。