梅毒診療ガイド

梅毒診療ガイド

日本性感染症学会梅毒委員会

syphilis-medical_guide.pdf (umin.jp)

一部改変

 

 

梅毒疑い患者への対応の概略

 

 

Ⅰ.免疫応答正常者における梅毒の自然経過
梅毒は図のような複雑な進行形態をとる慢性感染症と考えられています。

1.感染から発症までの期間にバリエーションが大きい。

2.第1期の時期にすでに中枢神経浸潤が起こりえます。たとえば眼病変が後期(晩期)梅毒とは限りません。

3.第2期と潜伏梅毒は、症状が現れたり自然に消えた りを繰り返すことがあります。

4.第1期の病変と第2期の病変は併存することがあります。

5.潜伏梅毒は感染初期の「真の潜伏期」以降、あらゆる段階でみられえます。

 

 

Ⅱ.用語解説

活動性梅毒:要治療の梅毒。

陳旧性梅毒:治癒状態の梅毒。「梅毒抗体陽性も治癒状態」

潜伏梅毒:自他覚症状のない活動性梅毒。RPR値の多寡は問いません。

梅毒一次病変:性的接触等で侵入門戸となった部位にできる病変。皮膚病変としては、初期硬結、硬性下疳などがありますが、あいまいなびらん程度のこともあり、単純ヘルペス病変と酷似することもあります。

梅毒二次病変:体内で増殖し、散布された先でできる病変。皮膚だけとは限らず、あらゆる臓器を冒します。病変は多発性・単発性いずれもありえ、皮膚症状を欠くこともあります。典型的な皮膚病変として梅毒性バラ疹、丘疹性梅毒疹、扁平コンジローマなどがありますが、他疾患と紛らわしい様々な発疹形態をとりえます。

早期梅毒:感染から1年以内の活動性梅毒。性交渉などの接触による感染力のある時期とみなされます。

後期梅毒:感染から1年以上経過した活動性梅毒。他への感染力はほぼない時期とみなされます。従来の晩期梅毒は第3期梅毒に相当します。

第1期梅毒(早期梅毒第1期):一次病変のみを呈する活動性梅毒。所属リンパ節腫脹を伴うことが多くあります。

第2期梅毒(早期梅毒第2期):二次病変を呈する活動性梅毒。一次病変が残存している症例もあります。

第3期梅毒:感染から年余を経て心血管症状、ゴム腫、進行麻痺、脊髄癆などを呈する梅毒。

妊娠期梅毒:妊娠中に診断された母体の活動性梅毒。

梅毒トレポネーマ抗体:梅毒特異抗体検査には、TPHATPPATPLATP抗体、FTA-ABS等さまざまな手法・呼称がありますが、それらの総称と して「梅毒トレポネーマ抗体」といいます。

非トレポネーマ脂質抗体:梅毒特異的ではありませんが、梅毒の活動性の指標となる検査。「梅毒血清反応検査(STS; Serological test for syphilis)」「RPR Rapid Plasma Reagin」と呼ばれます。

梅毒抗体検査:梅毒トレポネーマ抗体と非トレポネーマ脂質抗体の両方を指す用語として使用されます。

 

 

Ⅲ.診断と病型分類

梅毒はあらゆる臓器に慢性炎症を来し、全診療科にわたる様々な自他覚症状を起こしえます。

病変部位(主として皮膚・粘膜)からの滲出液で検査をします。硬性下疳、扁平コンジローマ、粘膜疹には梅毒トレポネーマの数が多いとされています。ただし、この検査が陰性でも梅毒を否定できません。

血清中の梅毒抗体を測定し、診断することもできます。

初診の段階では、「偽装の達人」という異名のとおり他疾患と間違えられ易く、何度かRPRと梅毒トレポネーマ抗体を測定して診断されることもあります。

梅毒抗体(RPR、梅毒トレポネーマ抗体)は、自動化法で同時に測定します。

RPRは梅毒の活動性を示しますが、近年、RPR陰性で梅毒トレポネーマ抗体のみ陽性の早期梅毒の報告が増えてきています。

梅毒トレポネーマ抗体陰性の場合、基本的には梅毒を否定できますが、梅毒を疑う病変や症状を認める場合、血清学的潜伏期(ごく初期の早期梅毒)の可能性を考慮して、1か月後に再検査を行います。

 

 

  1. 病期による分類(治療を要する)

早期梅毒 感染から1年未満の活動性梅毒。性的接触での感染力が強いとされます。

早期梅毒第1期 感染から通常1か月前後(遅くとも3か月以内)にみられる侵入門戸(口唇、口腔咽頭粘膜、陰部周辺、肛門周辺など)に丘疹、びらん、潰瘍などの一次病変のある活動性梅毒。所属リンパ節腫脹を伴うことが多い。初期硬結、硬性下疳は典型的な一次病変です。RPRはしばしば陰性です。

早期梅毒第2期 感染からおおむね1~3か月にみられる、体内に散布された梅毒トレポネーマによる二次病変に基づく症状のある活動性梅毒。 一次病変が重畳することもあります。梅毒トレポネーマ抗体陽性で、RPR は通常高値(16倍、16RU以上)です。

皮膚病変では、紅斑、丘疹、脱毛斑、肉芽腫などがみられ、多発するのが一般的ですが単発のこともあります。梅毒性バラ疹、丘疹性梅毒疹、扁平コンジロー マは典型的な皮膚の二次病変です。他にあらゆる臓器の病変がありえます(多発性リンパ節腫脹、精神神経症状、胃潰瘍症状、急性肝炎症状、糸球体腎炎症状など)。

後期梅毒 感染から1年以上経過した活動性梅毒。性的接触での感染力はないとされます。症状は冒されている臓器によって様々です。無症状のこともあります。無症状で も活動性(要治療)と判断されるものは潜伏梅毒に分類します。

第3期梅毒 感染から年余を経て心血管症状、ゴム腫、進行麻痺、脊髄癆など、臓器病変が進行した状態にある活動性梅毒。

 

 

  1. 病期を問わない分類(治療を要する)

潜伏梅毒 自他覚症状はありませんが、既往歴・感染リスク・梅毒抗体価の有意な上昇等から要治療と判断される活動性梅毒。RPRの多寡は問いませんが、一般に感染時期から離れるほど、RPR、梅毒トレポネーマ抗体の値はともに高くなります。感染から1年未満を早期、1年以上を後期とします。

先天()梅毒 活動性梅毒の妊婦からの胎内感染が推定される症例で、上記の分類のいずれかを満たすもの。無症状の場合、潜伏梅毒にも分類されます。感染から1年未満を早期、1年以上を後期とします。

 

 

  1. 陳旧性梅毒(治療不要)

梅毒が治癒状態にあると判断されるもの。治癒状態における梅毒抗体の値は様々であり、症状の安定化、RPR、梅毒トレポネーマ抗体の値の推移等から総合判断します。

 

 

Ⅳ.活動性梅毒の診断基準の整理

1.症状がある症例のうち、以下のいずれかを満たすもの

PCR 陽性のもの

②梅毒トレポネーマ抗体・RPR のいずれかが陽性であって、病歴(感染機会・ 梅毒治療歴など)や梅毒トレポネーマ抗体・RPRの値の推移から、活動性と判断されるもの

2.症状がない症例のうち、梅毒トレポネーマ抗体陽性で、病歴や梅毒トレポネーマ抗体・RPR の値の推移から潜伏梅毒と判断されるもの。梅毒トレポネーマ抗体・RPRのいずれかが陽性であっても、病歴や梅毒トレポネーマ抗体・RPRの値の推移から活動性がないものと判断される場合は、陳旧性梅毒と判断されます。

3.判断に迷う可能性のある事例の考え方

3-1.初期硬結や硬性下疳を認めるが、RPR(-)、梅毒トレポネーマ抗体(-)

・病変部滲出液のPCR検査

        ↓

・感染機会、梅毒治療歴を聴取し、梅毒の可能性が高いと医師が判断した場合は暫定的に治療を開始します。

        ↓

PCR 陽性が確認できた場合、活動性梅毒確定例と判断します。

PCR 陰性または実施できなかった場合、治療開始の2~4週間後に、RPR、梅毒 トレポネーマ抗体の両者を再検し、一方もしくは両者が陽転化していた場合は値の多寡に関わらず活動性梅毒と判断します。

PCR 陰性または実施できず、かつ、RPR と梅毒トレポネーマ抗体の両者が陰性のまま推移していた場合は疑診例にとどまります。

3-2.症状は全くないが、RPR(+)、梅毒トレポネーマ抗体(+)

・感染機会、梅毒治療歴を聴取します。

・感染のリスクが3か月以内にあり、過去の治療歴がなく、活動性梅毒と医師が判断した場合は潜伏梅毒として治療を開始します。判断が困難なときは2~4週間後に再検査します。

・感染のリスクが3か月以上ない場合、4週間後にRPR、梅毒トレポネーマ抗体を再検します。どちらかが有意な増加をしていた場合は活動性梅毒と判断し、潜伏梅毒として治療を開始します。どちらも増加がない場合は慎重な経過観察を行いますが、活動性梅毒と判断して治療開始することもありえます。

 

 

Ⅴ.治療

アレルギーなどがなければ、第一選択のペニシリンを用います。第二・第三選択は、アレルギーなどでペニシリンが使えない場合に限り、使用します。

【第一選択】アモキシシリン1回500mg1日3回で4週投与を基本とします。治療の初め頃に発熱したり(Jarisch-Herxheimer反応)、投与8日目頃から薬疹が起こることがあります。いずれも女性に起こりやすいとされています。また、早期神経梅毒の治療を重視して、アモキシシリン3g~6g/日とプロベネシ ドの併用(投与期間は2週間程度)を勧める文献が国内外にあります。

【第二選択】ミノサイクリン1回100mg1日2回で4週投与を基本とします。アメリカ疾病対策予防センターはドキシサイクリンを推奨していますが、日本では梅毒への使用は保険適用外です。なお、テトラサイクリン系は胎児に一過性の骨発育不全、歯牙の着色・エナメル質形成不全を起こすことがありますので、妊婦には使用しないのが一般的です。

【第三選択】スピラマイシン1回200mg1日6回で4週投与を基本とします。

 

 

Ⅵ.治療効果判定

RPRと梅毒トレポネーマ抗体の同時測定をおおむね4週ごとに行います。その際、 自動化法による測定で、同じ検査キットを用いることが望ましいとされています。

RPR陽性梅毒の場合、その値が治療前値の、自動化法ではおおむね2分の1に、2倍系列希釈法では4分の1(例:64倍→16倍)に低減していれば、治癒と判定します。その際、梅毒トレポネーマ抗体の値が減少傾向であれば治癒をさらに支持します。なお、RPRと梅毒トレポネーマ抗体を2倍系列希釈法でフォローすると、自動化法なら順調に低減しているケースにおいて、一見、低減がみられない、もしくは、倍に増加したようにみえる場合があります。

RPR陰性早期梅毒の場合、症状が軽快し、かつ、梅毒トレポネーマ抗体の値が減少傾向にあることを確認できれば、治癒と判定します。いずれの場合もその後、検査間隔をあけながら、可能な限り1年間はフォローをします。

 

 

Ⅶ.その他留意事項

1.活動性梅毒と判断した場合、可能な限り、HIV 抗原・抗体同時測定検査も行います。

2.接触者の検診も可能な限り行いますが、感染時期から間もない場合、見逃しを防ぐために3か月間はフォローを勧めます。

 

 

Ⅷ ①妊娠期梅毒について
-胎内感染(先天()梅毒)を防ぐために-

1.妊娠初期(妊娠4か月まで)に行う妊婦健診の初期スクリーニング検査で、全例梅毒抗体検査(RPRと梅毒トレポネーマ抗体の同時検査)を実施します。発見される活動性梅毒のうち9割は潜伏梅毒です。

2.梅毒抗体検査の結果は、次の検診時(妊娠5か月ごろ)に妊婦に説明されることが多い。活動性梅毒と診断したら早急に治療を開始することが先天()梅毒の防止につながります。

3.治療法は、非妊娠時と同じです(ただし、テトラサイクリン系は使用できません)。

4.活動性梅毒と診断したら、胎児超音波検査にて、先天異常(胎児発育遅滞、 肝脾腫、骨異常など)をチェックします。

5.健診未受診妊婦および不定期受診妊婦は、梅毒抗体検査が漏れている可能性がありますので、医療機関受診時に直ちに梅毒抗体検査(RPRと梅毒トレポネー マ抗体の同時検査)の実施もしくは初期スクリーニング検査の確認を行います。

6.胎児への感染の成立や先天()梅毒の診断には、出生児の児血のFTA-ABS-IgM抗体が有用ですが、偽陰性・偽陽性の可能性がありますので梅毒抗体検査等の結果も踏まえて総合判断します。

7.妊娠初期の梅毒抗体検査が陰性でも妊娠中期・後期に梅毒感染が判明するケースもあります(全妊娠期梅毒の5%程度)ので、妊娠中の症状出現もしくは性的接触による感染が疑われる場合は、妊娠後期の追加スクリーニングについて検討が必要です。

 

Ⅷ ② 神経梅毒について

 精神神経症状があり、梅毒抗体検査等から活動性梅毒と判断されるもの。髄液検査や中枢神経系の画像診断等で所見があるが精神神経症状を伴わない場合もあることに注意します。

 

 

これから梅毒の治療を始める患者さんへ

1.梅毒は「梅毒トレポネーマ」による感染症です。オーラルセックスを含む性交渉で感染します。

2.「感染しているのに無症状だったり、症状が軽くて病気であることを自覚していない人」から感染します。

3.感染時期から1か月後ぐらいに、梅毒トレポネーマが入った場所(唇や陰部など)に「キズのようなもの」ができることがあります。

4.感染時期から3か月ぐらいたったころに全身に発疹が出るなど、いろんな 症状が出ることがあります。

5.全く症状がなく、たまたま受けた血液検査で梅毒の陽性反応が出て感染がわかることもあります。

6.感染早期に抗生物質を正しく使えば治りやすい病気です。

7.治療にはペニシリンを使います。治療の初めに発熱することがありますが、1~2日間でおさまります。ペニシリンにアレルギーがある人には別の抗生物質を使います。担当医の指示どおり、服薬を続けてください。

8.あなたがうつしたかもしれない人(接触者)に梅毒の血液検査を勧めましょう。保健所・健康福祉事務所などに聞けば、無料で検査できるところを教えてくれます。

 

 

 

 

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