2022/04/06
卵巣予備能低下症例に対する多血小板血漿の卵巣注入の現況
日本受精着床学会雑誌 39(1):10-23,2022 の要旨
・血小板を濃縮した多血小板血漿(platelet rich plasma;PRP) は、含有する多くの成長因子が組織の修復や再生能を有し、子宮内膜菲薄化症例へのPRPの子宮内腔注入による子宮内膜の肥厚が、着床障害を改善すると報告されて
います。
・初期卵胞の発育には、種々の卵巣局所における成長因子が深く関与していることが知られており、PRPに含有される種々の成長因子による卵胞発育促進および卵子の質の改善の可能性が考えられますが、その誘導機序は解明されていません。
・現時点ではPRPによる卵巣予備能低下症例の治療はエビデンスが十分といえる状況ではありません。
PRP
PRPは末梢血から分離され、血小板に富む血漿濃縮物です。
種々の血小板活性化を行い、血小板α顆粒より生理活性物質、例えば、platelet-derived growth factor(PDGF)、transforming growth factor-β(TGF-β)、vascular endothelial growth actor(VEGF)を細胞外へと放出されたものが用いられます。
PRPに含まれる生理活性物質には様々な成長因子、サイトカインがあり、これらがPRPの組織修復や再生能に寄与することが示されています。
成長因子と卵胞発育
PRPに含まれる成長因子には、卵胞発育に重要なものが多数含まれています (表1)。
TGF-βファミリーであるgrowth and differentiation factors(GDFs)、bone morphogenic proteins(BMPs)、Activinは卵胞発育の各段階に作用します。
GDF-9は顆粒膜細胞の増殖因子として初期卵胞以降の卵胞発育に不可欠です。GDF-9の変異による早発卵巣不全(POI: premature ovarian insufficiency)の発症が報告されています。
また、GDF-9は前胞状卵胞から胞状卵胞に移行する過程において、顆粒膜細胞死や卵胞閉鎖を抑制することが知られており、BMPsは胞状卵胞の活性化と維持という重要な役割を持ちます。
BMP4、BMP7は原始卵胞のリクルートメントに関わり、胞状卵胞の段階への発育を促進します。
さらに、胞状卵胞の発育と主席卵胞の選択はGDF-9、BMPs、Activinにより調節されています。
他に、BMPsは卵丘細胞の拡張と維持、排卵、胚発育、黄体機能維持に必要であることや、卵胞液中のGDF9、BMP15濃度は卵子の核成熟や胚の質と正の関係があることも示されています。
卵胞形成初期段階において、fibroblast growth factor2(FGF2)、hepatocyte growth factor(HGF)、stem cell factor(SCF)、interleukin 1 beta(IL-1β)は原始卵胞活性化を誘導します。
HGFはkitリガンドを介して原始卵胞活性化に関わることが報告されており、SCFはc-kitのmRNA発現を促進し、PI3K-Akt経路を活性化します。
SCF、HGFは顆粒膜細胞と莢膜細胞の相互作用を細胞増生、ステロイドホルモン産生を促進することで調節しています。
IL-1βは、プロスタグランジン、コラーゲン、ヒアルロン酸、プロテオグリカンの産生を増加させることで排卵を誘導し、IL-6、IL-8と共役して卵胞破裂と黄体周囲の血管新生を促進します。
TGFβ/ プロゲステロンシグナル経路の下流においてシグナル伝達を行うconnective tissue growth factor(CTGF、CCN2)は、一次卵胞発育に必須であり、排卵にも関与します。
顆粒膜細胞におけるCTGF欠損は, 顆粒膜細胞の増殖停止、卵胞発育遅延によって不妊となることが報告されています。
Nerve growth factor(NGF)、brain derived neurotrophic factor(BDNF)、neurotrophin-3(NT-3)、neurotrophin-4(NT-4)、glial cell line-derived neurotrophic factor(GDNF)も特異的受容体に結合し様々なシグナル経路活性化を起こすことにより、卵胞形成、卵胞発育、ステロイドホルモン産生、卵子成熟、排卵、黄体形成の全ての段階に影響を与えています。これらの因子による制御が破綻すると、不妊症や卵巣予備能低下、多嚢胞性卵巣症候群、子宮内膜症、卵巣癌をも引き起こす可能性が指摘されています。
卵胞発育における新生血管形成は、血管形成因子により調節されており、PRPに含まれるVEGFs、insulin-like growth factor(IGF)、fibroblast growth factor2(FGF2)などは卵胞周囲の血管新生を促進し、卵胞発育と卵子の質を改善しえます。
VEGFを抑制すると血管形成阻害が引き起こされ、その結果、卵胞発育、卵胞生存率が低下します。
IGFは顆粒膜細胞から放出され、その増殖に大きく関わります。そのため、IGFが低下すると顆粒膜細胞の機能不全と細胞死が起こります。
EGFはCD42-PI3K経路を活性化することが示され、原始卵胞活性化に関与することが報告されています。また、FSH、プロゲステロンと共役して初期卵胞発育を促進します。さらに、卵胞周囲から卵子卵丘細胞へのLHシグナル伝達を行い、卵子卵丘細胞の膨潤を誘起し、卵子成熟、排卵を促進します。
Granulocyte macrophage colony-stimulating factor(GM-CSF)は卵胞発育に関わります。
Granulocyte-colony stimulating factor(G-CSF)は, 血中よりも排卵期の卵胞内において濃度が高いことが知られており、排卵において重要な役割を果たします。また、G-CSFを未破裂化黄体症候群に投与することで排卵を促進しうる可能性が示されています。
表1 成長因子の卵胞発育における役割
原始卵胞形成
原始卵胞活性化
卵胞発育
ステロイド産生
卵子卵丘細胞拡張
排卵
PRP卵巣注入に関する前方視無作為化比較対象試験(1)
注入前AMH値を除く同様の患者背景を持つ卵巣予備能低下(DOR;diminishing ovarian reserve)患者において、左右の卵巣に合計3-5mlのPRPを経腟的に注入しました。
PRP注入群20名(AMH平均値:0.35±0.19ng/ml)とPRP非注入群20名(同:0.72±0.42ng/ml) に対して低刺激法で卵巣刺激を行い、体外受精胚移植の成績を比較しましたところ、臨床妊娠率、生児獲得率に有意差はなく、PRPの効果は認められませんでした。PRP注入群が非注入群に比べ平均AMH値が低いため、体外受精胚移植の成績に影響を与えた可能があります。
PRP卵巣注入に関する前方視無作為化比較対象試験(2)
83名のDOR患者(年齢中央値:41,39-44歳)に対して46名をPRP群、37名をPRP非注入群としました。患者背景は、年齢中央値(PRP注入群:41、39-44歳、非注入群:41、39-44歳)、FSH基礎値中央値(PRP注入群:13.6、12.9-17.5、非注入群:14.9、13.1-17.8mIU/ml)、AMH中央値(PRP注入群:0.62、0.47-0.76、非注入群:0.68、0.41-0.78ng/ml)であり、両群間で差を認めていません。PRP注入群では、3周期連続して月経7-9日目に36mlの血液から作成したPRP200μlずつを左右の卵巣皮質に経腟的に注入しました。
注入3周期目でPRP注入群においてFSH基礎値、AMH値、AFCの改善を認めました。また、IVFを実施した症例(n=40)においては、PRP注入群において採卵数の増加(採卵数中央値、PRP注入群:5、2-9、非注入群:3、0-6)を認めましたが、受精率はPRP注入群と非注入群の間で差を認めませんでした。化学妊娠率(PRP注入群:26.1%、非注入群:5.4%)、臨床妊娠率(PRP注入群:23.9%、非注入群:5.4%)はPRP注入群の方が高値でしたが、流産率(PRP注入群:13.0%、非注入群:2.7%)もPRP注入群で高値でしたので、生児獲得率(PRP注入群: 8.7%、非注入群:2.7%)については両群間で有意差がなくPRPの効果は認められませんでした。
https://ameblo.jp/tsudanuma-ivf-clinic/entry-12735885103.html